2020年5月11日
最終更新日:2023年1月26日
COI:興和株式会社、アステラス製薬株式会社、株式会社医学生物学研究所、富士通株式会社、ヤマト科学株式会社から、研究費・講演料・報酬を受領
協議会幹事会は、SARS-CoV2への抗体を、定量的に、全自動で、安全に、多数行うことを目指す機器を導入し、または導入を検討している機関で、実務を担う担当者が、診断、治療、疫学、基礎科学的な情報を共有するための次の学術的作業を行う。新型コロナウィルスの急激な広がりの中で、当面1年の2021年3月末にまでの運営方針として、参加は任意とし、設置支援、測定情報交流、標準化、学術交流を主目的とする。
(初年度以降の方針は21年2月末日までに決定するものとする)
設置情報交流、標準化について次の支援事業を行う。
(1)抗体の定量的、多数測定機器の設置に関わる技術情報
(2)定量的、多数測定の検査法の技術情報
(3)IgG,IgM,IgAのキット、ビーズ、抗原タンパク質の性状などの情報
(4)チューブ、バーコード、測定情報の全国共有化についての情報
学術支援をについて次の支援事業を行う。
(5)疫学調査の計画と運用
(6)SARS-CoV2の3つの変異型、および周辺のコロナウィルスSARS-CoV1の情報
(7)コロナウィルスの分子生物学、ゲノム科学情報の共有
(8)抗体測定の学術内容のプレス、学会、学術誌発表の支援
(9)抗体治療薬、ウィルスタンパク質とホストタンパク質の相互作用治療薬の開発の情報共有
(10)その他、新型コロナウィルスの抗体、タンパク質相互作用を介した診断、治療法の情報
幹事会は、当面の緊急性を勘案し、参加を希望があれば、メール審議で、現在加入幹事の異議がない限り、代表が認めたものを新規幹事とする。
代表 東京大学アイソトープ総合センター 准教授 川村猛
東京大学アイソトープ総合センター | :代表 | 准教授 | 川村猛 |
東京大学医学部附属病院 | :幹事 | 検査部副部長・准教授 | 蔵野信 |
慶應義塾大学病院 | :幹事 | 臨床検査科・教授 | 村田満 |
:幹事補佐 | 感染制御部・助教 | 上蓑義典 | |
:幹事補佐 | 感染制御部・助教 | 宇野俊介 | |
大阪大学医学部付属病院 | :幹事 | 免疫内科・特任助教 | 加藤保宏 |
東京都総合医学研究所 | :幹事 | 研究員 | 小原道法 |
:幹事補佐 | 研究員 | 安井文彦 | |
東京大学先端科学技術研究センター | :幹事 | 特任教授 | 田中十志也 |
東京大学アイソトープ総合センター | :幹事 | 教授 | 和田洋一郎 |
京都府立医科大学附属病院 | :幹事 | 臨床検査部部長・教授 | 藤田直久 |
:幹事補佐 | 臨床検査部副部長・講師 | 稲葉亨 | |
MBL | (オブザーバー) | 岸義朗 | |
ヤマト科学 | (オブザーバー) | 土屋正年 |
なお所属機関からアドバイザーが参加するアドバイーザー会議は、幹事会の運営につき、代表および幹事会に提案を行えるものとする。アドバイザー会議も幹事会同様、当面の緊急性を勘案し、参加の希望があれば、メール審議で、現在加入アドバイザーの異議がない限り、代表が認めたものを新規アドバイザーとする。
アドバイザー会議代表
東京大学先端科学技術研究センター 名誉教授 児玉龍彦
新型コロナウィルスの感染が世界中に拡大している。現在、PCR検査が診断に用いられているが、PCR検査では2−4割の感染者では偽陰性を示すといわれる。一方、わが国では、集団における抗体保有率はほとんど知られていない。新型コロナウィルス(SARS-CoV2)には、S,M,Eなどのタンパク質抗原があり、これらに対する抗体が産生される(図表1)。新型コロナウィルス感染後、1週間ほどでIgM抗体が作られる。約2週間後にはウィルスと親和性の高いIgG抗体が出現し、ウィルスの消失する感染者が増加するとされる(図表2、文献1)。
すなわちPCR検査に抗体検査を加えると診断率が向上することがわかる。
文献1 Peng Zhou et al. Nature. 2020; 579(7798): 270–273.
本プロジェクトは、3大学病院(東大病院、慶應大学病院、阪大病院)および3研究所(東大先端研、東大アイソトープセンター、東京都総合医学研究所)の研究者が共同して、SARS-CoV2に対する2種類の抗体(IgMとIgG)を測定し、診断と経過および重症度判定における意義を明らかにすることを目的として発足した(各施設の倫理委員会承認済)。国内の疫学調査と臨床調査からなり、全国ネットで多数の症例のIgGおよびIgMを定量的に測定する。
これまでの予備検討では、我が国の新型コロナウィルスの感染者では、早期のIgMの上昇が見られない患者が多く、一方IgGは、感染2週目にはほぼ全員が上昇を示していた。この結果をもとに、できるだけ早期に多数の検体で測定し、本抗体検査の意義を明らかにすることが望まれる。
第一に、抗体検査が新型コロナウィルスの診断と重症度判定における有用性を明らかにする。現在、診断にはPCRによって新型コロナウィルスRNAのコピー数を測定する方法が標準となっている。この方法には2−4割の偽陰性の存在が知られている。PCR検査とIgG診断を併用することにより、より正確な診断法を確立できると期待される。本研究では、約1年間の追跡調査をおこない、再感染率も明らかにする。また我が国ではIgM抗体価の低い患者が多いという結果も予備検討で得られており、多数症例の臨床経過と比較することにより、その意義を明らかにする。
第二に、新型コロナウィルスの感染拡大状況を疫学的に調査する。併せて院内感染や高齢者施設での感染集積を防ぐための計測を進める。さらに全国医療機関からの検体数増加に対応できる体制を整備し、国民の行動制限等のための基礎資料の作成を目指す。
血清0.5mlを用い1日最大500件を検査できる4台の測定器を設置する。すでに東大病院、慶應大学病院で患者検体の測定が始まり、保険適応の取得を目指しデータを集積中である。なお臨床検査としての承認を受けていないため、患者本人の同意による臨床研究として進める。東大病院、慶應大学病院、阪大病院以外の病院の研究者については、所属機関の倫理委員会の承認を受け、かつ患者の同意を得られれば、東大先端研で測定を受け付ける。研究参加に関する詳細は、文末の研究窓口まで連絡をいただきたい。
なお抗体陽性の場合は、この臨床研究に参加している専門家から、PCR検査の可能な病院を紹介する。PCR検査が陽性の場合は入院治療等が必要となる。PCR検査陰性の場合は、外来で経過をフォローいただく。
東大先端研は、(株)JSRとともにNEDO(経済産業省所管)プロジェクトのもとで、抗体測定用のビーズの開発を進めてきた。JSRのビーズは、武漢で1月に建設された千床の新型コロナウィルス専門病院火神山病院で利用され、IgMとIgGの測定法が開発された。(文献2)本年2月15日、武漢市の8病院にYHLO社(世界最大の化学発光試薬の中国企業)製の測定システムが導入され、ウィルス制圧の推進力となった。その後、タイ、フランスでも使用された。現在、中国とヨーロッパを中心に130台が使われ世界標準となっている。この測定装置は、全自動で多数の血清検体の分析が可能であり、SARS-CoV2感染に係わる有用な情報が得られると考えている(図表3)。
日本では、村上財団とピースウィンズジャパンにより最初の装置が東大病院に寄付され、測定が開始された(図表4)。また慶應大学病院においては稼働が開始し、大阪大学病院でも近く稼働予定である。ある医療機関で行われた予備検討では、健常者およびPCR陰性者におけるIgG抗体は陰性だった。しかしPCR陽性者においてのみ有意に高値を示し、感度と特異度が高いことが期待される。また別の医療機関で行われた既存定性的キットとの比較では、定量化によって判定がより正確に行いうると考えられた(図表5)。なおこの抗体の中和活性については不明である。
文献2 Diagnostic value and dynamic variance of serum antibody in coronavirus disease 2019. Jin Y et al. Int J Infect Dis. 2020 Apr 3;94:49-52.
我が国でのIgGの測定は非常に安定した結果が得られている。予備検討で、19例のPCR陽性患者中、IgGが標準サンプルでキャリブレーションされたカットオフ値でみると、19例中16例で陽性、PCR陰性例で19例中0例という良好な結果だった。しかし抗体値は、経過中に変化するため、注意して陽性率を評価する必要がある。
予備調査では、発症推定後、9日目から9割以上のIgG陽性が観察された。しかし測定日がこれ以前であるとIgGが陰性となる可能性がある。一方、PCR陽性者であっても、IgMは、感染後早期では高値にならない例が多い(4−5割)ことが明らかになりつつある。IgMが上昇しにくい患者において、免疫が上手く成立しているか検討が必要である。
今回測定する抗体の中和活性については不明である。したがって、メディアで報道されているように抗体陽性者が「免疫パスポート」を獲得するかは、これからの研究に待たなければならない。とくに新型コロナウィルス感染では、IgMの反応が弱い人が多いことがわかっており、免疫がうまく機能しないための再感染が懸念される。なおIgGが増加しても好中球/リンパ球比が高いと悪化することや、一度ウィルスが消えても再感染することが知られている。(文献3)
本研究は開始されたばかりであり、装置を動かしている6機関で、協力してデータを生かす仕組みを作り、データを随時開示する予定である。全国の連絡組織のホームページは https://www.ric.u-tokyo.ac.jp/topics/2020/ig.html https://ig.lsbm.org/ (追記:サイト移転2023/01/26)である。
文献3 Immune phenotyping based on neutrophil-to-lymphocyte ratio and IgG predicts disease severity and outcome for patients with COVID-19,Bicheng Zhang, Xiaoyang Zhou et al.
東京以外の地方の方に、どのように抗体検査の研究の参加いただけるか、各地の医師会とご相談させていただくことを希望しております。ご希望の医師会は本研究連絡窓口にご連絡をお願いいたします。
この装置のデータを生かすためには、抗体陽性となった方がPCR検査を受けられ、精密に治療されるルートが重要です。また重症化予測が正確になること、軽快して退院の指標になることも大事です。研究の結果がよければ、保険収載を目指して参ります。
(付記1)本研究は、中外製薬株式会社、興和株式会社、一般財団法人村上財団、認定特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパンの支援により実施される予定である。
(付記2)一般からの検査の希望について
抗体検査はまだ医薬品の承認を受けたものでなく「臨床研究」としておこなっている。そのため、6研究施設の倫理委員会からは暫定承認(緊急事態宣言を受けての対応)を受けている。6機関以外の病院や検査機関から検体を受け取るには、検体採取機関の倫理委員会の承認と検査機関での双方の承認が必要である。詳細は下記窓口へ連絡をお願いしたい。
(付記3)抗体検査の現状とPCR検査との関係
新型コロナウィルスの感染例における抗体測定は、諸外国から多数の試験結果がメディア報道されている。しかし診断の定義やカットオフ値が定まっていない状況では、データの取り扱いには慎重を要する。本研究では、化学発光による自動測定の単一機種(YHLO社iFLASH3000,IgGキット)を用い、コントロール検体との定量性キャリブレーションを行い、結果は研究参加機関で構成される使用者協議会において情報を共有する。
また、本研究でIgG陽性が判明しPCR検査がなされていない場合には、PCR検査を推奨する。しかし現場の臨床上の対応が優先と考える。本研究では、IgGを比較的安定的なデータとして臨床的に評価する予定である。IgMについては従来の予測と異なる結果が得られており、その意義を基礎と臨床の両面から検討する。
IgG高値が再感染防止の指標であるとする仮説が提唱されているが、本方式を用いた予備検討で、IgG抗体価が高くても重症化する症例の存在することが報告されている(本文参照)。本研究は、抗体の定量的測定の科学的検討を目指すものであることを改めて明記する。
※ 本プロジェクトに関し、当面のお問い合わせは ig@lsbm.org へお願いいたします。
図表1: 新型コロナウィルス(SARS-CoV2)のタンパク質抗原
図表2: 左 新型コロナウィルスの患者さんにおける血中IgM(青)とIgG(赤)の変化
図表3: 軽症(左)、重症(中)、非常に重篤(右)の患者での陽性率 (YHLO社データ)
図表4: 村上財団とピースウィンズジャパンにより東大病院2階検査部に測定器を寄付
図表5: ある医療機関による抗体測定の予備検討